スバル1000の生まれた時代背景と技術的価値

スバル1000の先進性!知られざる日本が誇るイノベーション事例」の記事が大変好評のため、昔書いた趣味的な内容をあえて掲載します。特に日本・世界の自動車の状況(FF車中心)の年表を見ていただくと興味深いです。そこにはまるでスティーブ・ジョブズ氏がいるように思えます。そして、スバル1000は「MacとNeXTのイノベーション」に匹敵する素晴らしい車だということが良く分かります。
(2003年プレアデスモーターテクノロジーサロンセミナー用に作成した資料と記憶しています。)
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目次だけでも読んでみてください。目次詳細(日本経済新聞出版社のサイトへリンクします)
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1.スバル1000の意義

 1966年(昭和41年)5月14日、日本で最初の本格的前輪駆動車スバル1000が発売された。スバル1000は世界の自動車技術から見て完成されたFF乗用車であり、優れた走行安定性/優れた性能/ハンドリング/乗り心地/安全性を両立させ、そのテクノロジーを軽量で広い室内容量をもつ美しいボディで包んだ独創的な乗用車である。その独創性ゆえに、自動車先進国欧州が模範とした初めての日本車となった。(傑作車Alfasudの異母兄弟)

 その後約10年遅れて他社は漸く前輪駆動(FF方式)の優れた走行性能を認識して開発を始めた。そして、現在ではセダン型乗用車の多くがFF方式になっている。

 さらに、スバルff-1 1300G 4WDが切り開いた乗用車型4WDは、FF方式を超えるパッセンジャーカーの理想形、新パラダイムとなった。

2.スバル1000の生れた時代背景

(1)日本・世界の自動車の状況(FF車中心)

  • 1948年 Citroen2CV(前輪用等速ジョイントが無く走行耐久性に難)
  • 1955年 CitroenDS19(あまりにも偉大なFF)
  • 1957年 ロイト・アラベラ(水平対向4気筒FF897cc、不安定な反面教師)
  • 1958年 スバル360
    かつての愛車スバル360かつての愛車スバル360subaru360
  • 1959年 Mini(前車輪側に等速ジョイントCVJなるも、デフ側はクロスジョイント)
  • 1961年 トヨタ・パブリカ(水平対向2気筒はFFのための贅沢品では?)
    (夏、A4:スバル1000計画段階名称の検討開始。FRトランスアクスル案等)
  • 1962年 フォード・タウナス12M(60度V4気筒1200ccFF、Dラジエータ等)
    (2月:数台のクレイ・モデルの中から、中島昭彦先生のモデルに決定。
    8月:社長方針指示「A4は思い切って斬新で、軽く安く高性能の車に!」
  • 1963年 日産・ブルーバード410、三菱・コルト1000
    (3月:A4はFF方式に決定。→63A:スバル1000試作段階名称)
  • 1964年 トヨペット・コロナ1500デラックス、いすゞ・ベレット1600GT
  • 1965年 トヨタ・スポーツ800、スズキ・フロンテ800(FF2サイクル2600台)
    (9月:ダブル・オフセット・ジョイントテスト成功、宇宙が回り出す。
    10月:スバル1000記者発表、東京モーターショーで一般公開)
  • 1966年 スバル1000(5/14)発売、トヨタ・カローラ、日産・サニー、本田・N360
  • 1967年 スバル1000スポーツ&バン、日産・ブルーバード510、マツダ・コスモスポーツ、NSU Ro80
  • 1968年 日産・スカイライン2000(箱スカ)、いすゞ・117クーペ、マツダ・ファミリアロータリークーペ、三菱・A90プロトタイプ挫折(FRのSud?)
  • 1969年 本田・1300(二重空冷エンジン、最後の宗一郎・・・)、FIAT 128
  • 1970年 日産・チェリー、CitroenGS(水平対向FF、ハイドロニューマチックサス)
  • 1971年 スバルff-1 1300G 4WD(宮城スバルプロトタイプ~追加試作)
         スバル・レオーネセダン発売          
  • 1972年 スバル・レオーネ4WDエステートバン発売、本田・シビック(Sudと外形酷似)
    Alfasud(水平対向FF、操縦性絶妙、スバル1200ナポレターノ:ジウジアーロ最愛の車)
    alfasud1500-subaru1000alfasud1500-subaru1300
  • 1974年 VWゴルフ(ジウジアーロがアウディのコンポーネントで仕立てた独逸流Sud)

3.スバル1000の技術的価値~総合性能のスバル1000~

 エンジニアの高い理想(志)と高度なテクノロジー(技)が混然一体となって、ユーザーにとってメリットのある「総合性能」に結実した。

 合理的パッケージングがまず先にあり、そのイメージを追求すると、必ず新しい手段なり処理方法を採用しないと、それが達成できないから新技術に挑戦した(新技術先にありきではない)。また、新技術に挑戦するリスクを恐れ、合理的パッケージングイメージをあきらめることもしなかった。新技術は徹底的な試験によって熟成させ、成否を決めた。(百瀬プロジェクトリーダー)

(1)エンジン系

A.水冷フラット4エンジン

 低重心、軽量コンパクト、低振動低騒音。Racing ff-1はエンジン各パーツの精度を上げ「設計の中央値」に限りなく近づけると、まるでそこにエンジンが無いかの様にスムーズに回る。

B.デュアルラジエーターシステム

 サブラジエーター、サブ+メイン、サブ+メイン+サブの電動ファン回転、の3段階。

C.資質の良いエンジン搭載形式

 フラット4の縦置きはFF乗用車としてもベスト。4WDへの発展を内包する資質の良さ。

(2)駆動系

A.DOJダブルオフセットジョイント:スバル1000を中心に宇宙が回る!

 前輪駆動の悪癖を完治する(FF乗用車の完成)。ハンドルをきって駆動力をかけても「(今までFF車の悪癖であった震動が消えて)まるで宇宙が回っているように車の旋回が滑らかです!」というテストコースで叫んだ富士重工社員の心の雄叫びは、スバル1000が実現した独創的技術を中心に以後のFF車が回りはじめることの暗示であったのだろうか?

B.操作フィールのよいギアボックス

 コラムシフトが車の性格に最適である。特に1300Gのフロアシフトは操作フィール良好。

(3)サスペンション系

A.トーションバー前輪独立懸架サスペンション

 前ウイッシュボーン、後トレリングアーム、容易なアライメント/車高調整。ヒストリックカーレースでも、ダンパー強化のみで優れた操縦安定性。(標準装備機能の車高調整、サスペンションアライメント変更なども実施)弱アンダーステア。限界域でリアサス粘り望む。

B.センター・ピボット・ステアリング

 キックバックが少ない、シミーの発生が少ない、バネ下重量の軽減により前輪の接地性と乗り心地が向上する、駆動力が変化してもハンドルにトルクが伝わらない、操舵しても車輪の前後移動が少なく足もとを広く取れる、操舵力が軽減できる(操縦フィール向上)。

C.インボード・ブレーキ

 バネ下重量の軽減と同時に、センター・ピボット・ステアリングを実現するため。横幅の広いフラット4を搭載すると、ウイッシュボーンサスのボーンアームの長さが不足する。そこで、ブレーキを前車輪部から追い出しインボード形式とすることで、ウイッシュボーンサスのボーンアームを長くできた。(スバル1000の横幅は1480cm)

D.ラック・アンド・ピニオン・ステアリング

 シャープで確実。しかも操舵力が軽い。ドライバーにとってステアリングフィールは最大の官能ポイント。スポーツモデルはロックツーロック2.9回転で自由自在の操舵可能。

(4)ボディ系

A.685kgの軽量設計

 軽量化は、飛行機設計技術の真骨頂。走る曲がる止まるのすべてに好影響。

B.1.5Lクラスの室内空間

 完全フラットフロア、局面ガラスの採用、巨大なトランク。1500cc級の広さ。

C.美しくかつ機能的なファストバックセダン・ボディデザイン

 1000cc級乗用車として、これ以上美しくかつ機能的なデザインは他にない。

4.スバル1000の真価

(1)中島飛行機技術者の優秀性

 日本国の最高の頭脳が集った中島飛行機の技術者集団が、乗用車という高度に技術性を求められる商品を開発した。また自動車技術の発展期というタイミングにそれが行われたことをも合せると、まるで奇跡のような邂逅である。国のレベルで見て最高の技術者集団が真心を込めて作ったからこそ、完成度が高く諸外国に模倣される初めての乗用車となった。

(2)富士重工社員の志の高さ

「通りいっぺんの考えじゃ面白くねーだろう。面白いことをやろうや!」(百瀬語録)

(3)経営トップの英知と勇気

 1963年横田信夫社長就任(日本電信電話公社副総裁)。(資料出所:「スバルを生んだ技術者たち〜富士重工技術人間史〜」富士重工技術人間史編集委員会、1994、富士重工業株式会社発行。)

A.3つの尺度

一、顧客のためになるかどうか。一、会社の発展に役立つかどうか。一、従業員の生活向上に役立つかどうか。

B.和して同ぜず

「伝統に固執することなく、良い面を十分に生かしながら新生面を開き、みんなが力を合せて体質を改善していかなければならない。孔子の言葉に『君子は和して同ぜず』というのがある。君子は人と協調するという寛容さを持っているが、だからといって自分の気持を曲げてまで、無暗に人と妥協することをしない。必ず議論を通じて最善の結論を求め、それに沿い実行することが肝要である。」

(4)チャレンジへの勇気

 1963年、横田社長「とにかくユニークな車を作ってくれよ」社員「ブルーバードとコロナは同じ車ですか?」社長「同じ車だ」。他社/他車と同じでは企業の独自性を保てない。

(5)相反する要素を高度に総合した芸術品

 小型車は相反する要素を高度なレベルで満足させなければならない。例えば、操縦性と乗り心地、室内容積と軽量化など・・・テーゼとアンチテーゼをより高い次元で総合(ジンテーゼ)する為には、様々な努力や苦心が必要であった。そして、スバル1000はその努力が実った稀有の存在であり、そのバランスの高さ(総合性能)はまさに芸術品である。

 妥協することで何かを得ようとすれば、ライバルと同じ物に堕ちる。そして、その先にはFF車の完成も無ければ、4WD乗用車への発展基盤も得られなかっただろう。

「先に絵を書け。感じのいい絵は良い品物になる。」(百瀬語録)

(6)知識創造の意義

「皆で考えるんだ。部長も課長もない、担当者迄考えるときは平等だ。」「問題の本質は何か。そこを充分考えろ。」「ものごとは簡単に決めつけてはいけない。」(百瀬語録)

 信頼関係を基盤とした、対話に基づく協働が、創造的な成果(知識創造)につながった。

(7)独創性の大いなる価値

 「独創性」の走る見本、それがスバル1000である。

 「独創的であること」は独善であってはならず、社会への貢献あればこそである。スバル1000は小型乗用車のあるべき姿を現実の物として社会や自動車工業界に提供し、その進歩に大いなる貢献をした。「独創的であること」は同時に多大なリスクを伴う。そのリスクを承知で新技術にチャレンジしてきた「志の高さ」は今も我々を感動させてくれる。今スバル車に乗るということは、こうした富士重工の輝かしい伝説を心に宿すということである。

 スバル1000を見る度運転する度に、他人と違うことへの畏怖と憧れを感じる。スバル1000が身をもって示した「独創的に生きる」という勇気ある価値観とその成功事例が、チャレンジのリスクを恐れ、妥協を人生の処世術と考えがちな弱い我が心を励ましてくれる。スバル1000を創り出した富士重工の皆様有り難うございました。有り難うスバル1000!

加藤昌男1960年5月14日生まれ(5月14日はスバル1000の発売日)。

<参考文献>
百瀬晋六『バスから自動車に至る先進技術の開発』1995年。
百瀬晋六刊行会『先覚者 百瀬晋六 人と業績』太田タイムス社、1999年。
富士重工技術人間史編集委員会『スバルを生んだ技術者たち』富士重工業株式会社、1994年。
影山夙『スバルは何を創ったか スバル360とスバル1000、“独創性”の系譜』山海堂、2003年。

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