生涯発達理論の理屈が大切なのではありません。「ポジティブな体験・感情」が我々の腹に染み渡るのです。「自己実現欲求で動機付けるのは昔から言われてきた。しかし、俺たちはそんなこと言われたって納得できない。口で言われたって、腑に落ちないね。」

1.○○○共和国のウエイトレスを救え

 時は2000年にさかのぼります。外務省の仕事で、○○○共和国へ人事マネジメントの研修に伺ったときのことです。当時○○○共和国は経済的混乱期にあって、特に給与についてはどうにも増やし難い状況にありました。

 その人事マネジメント研修の最後に、受講生から「優秀なウエイトレスに昇給してあげたいのだが経営的に余裕が無い。昇給しないと彼女は辞めてしまうのです。しかし、経営者としては彼女に辞めて欲しくないのです。どうしたらよいでしょうか?」という質問がありました。

 さて、このホームページを読んでいる貴方でしたらどのようにアドバイスしてこのウエイトレスを救いますか?ぜひ本ホームページを読み進む前に考えてみてください。ヒントは「道」です。

(1)フェリーニ監督の映画「道」

 ちなみに、著者の場合はこのときなぜかイタリア映画「道」の一場面が思い浮かびました。フェリーニ監督が描いた、薄幸の少女ジェルソミーナと綱渡りピエロとの会話が生き生きと脳裏に蘇ってきたのです。

「誰からも愛されていないのではないか、誰からも必要とされていないのではないか」と悩むジェルソミーナ……綱渡りピエロの真心からのアドバイスで、ハッと何かを悟ったように顔を輝かせた印象的なシーンです。この場面がヒントになるかも知れません……

イタリア映画「道」
写真の出典:イタリフィルム / NCC

A.映画「道」のあらすじ

 時代は貧しい時代のイタリア1950年代。野卑な大道芸人ザンパノに一万リラで買われた薄幸の少女ジェルソミーナ。雑用係とラッパ吹き、妻を兼務し働きます。
ジュリエッタのテーマを吹くジェルソミーナ野卑な大道芸人ザンパノの怪力技
写真の出典:イタリフィルム / NCC

 しかし、ザンパノからは優しく扱われることが無いため、誰からも愛されていないのではないか、誰からも必要とされていないのではないかとジェルソミーナは悩みます。

 偶然知り合ったサーカスの綱渡りピエロの真心からのアドバイスで、ハッと何かを悟ったように顔を輝かせます。そのアドバイスとは「こんな道端の小石であってさえも、きっと誰かが必要としていると本で読んだよ。だから貴女を必要としている人がきっといるはずだよ……サーカス団からもいっしょにこないかと誘われたんだろう?」というアドバイスです。
「小石も必要とされている」サーカスのピエロの真心からのアドバイス写真の出典:イタリフィルム / NCC
(サーカスの綱渡りピエロが天使の扮装をしている場面などもあります。このピエロはジェルソミーナを導く天使であったのかもしれません。)

 結局、ジェルソミーナはザンパノが自分を必要としてくれていると悟り、復縁するのですが、またザンパノに裏切られます。最後はザンパノに捨てられ、旅の空で死んでしまいます。

 ザンパノはその後、ジェルソミーナがよく吹いていた曲を偶然聞きます。そして、自分が捨てた後に彼女が死んだことを知り、浜辺で号泣します。(終)
泣く野卑な大道芸人ザンパノ浜辺で号泣する野卑な大道芸人ザンパノ
写真の出典:イタリフィルム / NCC

(2)アドバイスがウエイトレスを救う?

 ホームページを読んでいる貴方は、どんなことをウエイトレスに伝えようと考えましたか?著者は、とっさのことでしたので、次のように答えました。

加藤「(うーん、経済危機、ハイパーインフレか……体験したことが無い状況だな。とにかく賃金は増やせないんだから……そうだ、映画「道」の中でジェルソミーナがあの小石を見て目を輝かせたあのシーンが……)」

加藤「素晴らしい働きをするウエイトレスさんですね、ぜひお店に残って働いて欲しいですよね……そうですね、彼女に『○○○共和国でナンバーワンのウエイトレスになる』という目標を提示しませんか?今も彼女は沢山のお客様から喜ばれるサービスを提供しているんですから、きっと○○○一番のウエイトレスになれますよ。これは理論的には自己実現欲求による動機付けというのです。非金銭的な動機付けなので給料を上げられない状況下にピッタリです。」

○○○共和国の受講生「そうですね、とても良いアドバイスですね。助かりました。有難うございました。」

○○○共和国の皆さんも喜んでくれました。この答えをとっさに映画「道」の記憶から思いついたという事は内緒です……

(3)自己実現欲求は困窮するウエイトレスを救えるのか?

さて、月日は流れ、構造改革が進んで日本の労働環境は厳しさをましました。

2010年、ある講演会の場で・・・(加藤の悪友である悪コン氏が質問してきました。この悪コン氏は、拙著「超・成果主義」で登場し、「読んだビジネスパーソンが楽しい気分になる」と好評だった人物です。)

加藤「金銭的な動機付け以外に、もっと大切なコトがあります。」
悪コン「講師に質問!そのもっと大切なコトって何なのですか?そして、我々はどうやったらその大切なコトを得られるのですか?」
加藤「(まずい、悪コン氏だ・・・まだ考え中なんだよ)うん、今の質問は素晴らしい問題意識ですね。金銭的動機付けじゃダメなんだから、非金銭的動機付けが良いってことですね。例えば、マズローの自己実現欲求です。」
悪コン「(そんなこと聞いてるんじゃないんだよ?)あんた、このあいだも○○○共和国で同じ事言ってたじゃないの?まったく進歩しないの?」
加藤「○○○共和国での発言!なぜそれを知っているの?」
悪コン「自己実現欲求で動機付けしようなんてことは、昔から言われてきたんだよ。しかし、俺たちはそんなこと言われたって納得できない。口で言われたって、腑に落ちないんだよね。
加藤「今の問題意識は、興味深いテーマですね。実は私も今ちょうど研究中です(苦しい)。」

加藤「確かに、人生論や労働論じゃ納得出来ない人も多いよな。キャリア開発がどうとか言ったって、結局企業の論理だから働く一人ひとりの心に染み込まないんだよね。どうしたら良い、どうやったら我々自身が腑に落ちるか研究してみよう・・・」

 どうでしょうか?ホームページを読んでいる貴方も、悪コン氏と同じような感想を持たれませんでしたでしょうか?

 確かに、経済危機やハイパーインフレという激動期には、生存するための欲求が極めて強くなります。生活のためのお金が欲しい、その欲求は否定できません。

2.動機付けと成長の喜び

 超・成果主義の実践現場から見えてきたキーポイントを整理すると、次のとおりです。

(1)誰もが自然に持っている善意「お客様の喜びの為に働く」

 誰もが自然に持っている共通の価値観、それは「お客様あっての我が社、お客様あっての我が職場、お客様あっての私」という考えです。誰もがお客様のことを大切に考えています

 上司が嫌いな社員、会社に愛着を持てない社員、仕事よりも他のことがもっと大切な社員、職場は単に生活費を稼ぐ場だと考える社員、同僚は競争相手だと考える社員、十人十色の社員がいます。しかし、誰もが「お客様の払ってくださった代金から、自分の給料が出ている」という事実は否定できません。ですから、誰もが「お客様は大切だ」と自然に考えています。

 これは、経営理念であるとか、仕事論・人生論であるとか、頭をひねらないと納得できない概念論・哲学ではなく、社会で生活する上で自然に体得する素肌感覚の価値観です。

 したがって、誰もが自然に持っている共通のゴール、それは「お客様の喜び」を生み出すという事です。

(2)お客様に喜ばれる社員と社会に貢献する企業は同じ論理

 社会貢献などというと、一般社員にとっては絵空事と考えがちです。しかし、「会社の事業を通して社会に貢献する」という会社の目的は、一番身近な社会であるお客様に貢献し喜んでいただくことであると具体的に目に見える、肌に感じられるレベルでこそ納得できるのです。(お客様の喜びと社会貢献の為の会社組織・社員の職業人生の同心円ストーリー)
会社組織・社員の職業人生の同心円ストーリー1番身近な社会、具体性のある社会はお客さまのこと

3.自分自身(アイデンティティ)はどのように発達するか

 我々は、自分自身を常に変化させ成長させながら人生を歩んでいます。成長が、ある一定のレベルに達すると、しっかりとした自分自身になり得たという思いが湧いてきます。これが、アイデンティティの確立です。

(1)就職によりアイデンティティが一時的に確立する

 例えば、就職をするという出来事は、アイデンティティの確立の一つです(完成したわけではありませんが、ある一時期の安定を得ます)。

 しかし、就職(ある会社の一員になること)は人生の目的・ゴールではありません。働き始めると世の中との関わり合いが密接かつ継続的になります。

(2)実際に仕事をしてもまれる(アイデンティティが揺らぐ)

 そして、その一連の経験の中で、仕事が上手く行かない体験などを経て自分自身の無力さを思い知ることもあります。そうすると、一端確立したかに思えた自分自身(アイデンティティ)は揺らぎ出します。

(3)「私も一人前になったな」と喜ぶ(アイデンティティの再確立)

 しかし、周囲の協力や指導を受けながら、なんとか仕事をこなし続けると、日常的な仕事はこなせるようになります。そうすると、「ああ、私も一人前になったな」と喜びます。その時、「私」は、「一人前のビジネスパーソン」としてのアイデンティティを確立(再確立)するのです。

 さながら、自分自身のプロトタイプ(試作品)を作ってはトライ・アンド・エラーを繰返しながら成長していくのが我々自身の人生なのです(生涯発達理論を簡単に解説しました)。

※「自分自身のプロトタイプ」は生涯発達理論に基づくアイデンティティの確立のプロセスを解りやすく例えた加藤の造語です。アイデンティティを「自分自身」と読み替えているのも同様の工夫です。

(4)お客さまがアイデンティティの確立に関係する

 自分自身のプロトタイプの性能を測り、今うまくいっているかどうか判断する基準は、外部からの評価です。特に、お客様の喜びの声を聞くことが最も効果的で嬉しい出来事となります。

4.○○○共和国のウエイトレスを救おう!

 2016年、ようやく○○○共和国のウエイトレスを救うことが出来ます。今でしたら、私は次のようにアドバイスします。

(1)お客様に喜ばれる体験・ポジティブ感情

加藤「素晴らしい働きをするウエイトレスさんですね、ぜひお店に残って働いて欲しいですよね……そうですね、彼女に『○○○共和国で1番お客さまに喜ばれるウエイトレスになる』という目標を提示しませんか?今も彼女は沢山のお客様から喜ばれるサービスを提供しているんですから、きっと○○○で一番お客さまに喜ばれるウエイトレスになれますよ。お客様に喜ばれるというポジティブな体験が彼女を伸ばし、ポジティブな感情が彼女を勇気づけるでしょう。彼女はウエイトレスを続けることで、このレストランをとりまくコミュニティ(地域社会)になくてなはらない人になれるのです。経営者である貴方は、ぜひお客さまの喜びの声がウエイトレスに伝わるように工夫してください。そして、彼女が成長するのを助けてください。これは理論的にはアイデンティティが成熟する喜びによって動機付ける方法です。人間の生涯にわたっての発達(成長)を研究する生涯発達理論がベースになっています。」

(2)「ポジティブな体験・感情」が社会性のある強い個へ導く

 生涯発達理論の理屈が大切なのではありません。「ポジティブな体験・感情」が我々の腹に染み渡るのです。
お客さまの喜びの声、「ポジティブな体験・感情」が人材育成につながる

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