中小企業の事業計画-3-立案の着眼点

Q:当社では、事業計画の策定を経営者から指示され検討を進めています。外部セミナーにも参加し準備を進めてきました。しかし、事業計画の範囲があまりに広範囲なため、つい散漫になり重点ポイントがつかめません。事業計画を立てる際の着眼点を教えてください。

A:事業計画を立てる際の着眼点
 事業計画を立てる際の着眼点は、一言で言えば、事業計画の中に「戦略性」を盛り込むことでしょう。単なる行動予定や予算ではなくて、戦略的な計画にしなければ意味がありません。では、戦略性とは何なのか、それを盛り込んだ事業計画とはどのようなものか、どのようなポイントに留意して事業計画を策定すればよいのかを以下にご説明いたします。

1. 戦略と戦術

(1)戦術とは何か
 戦略は、しばしば戦術と対比されます。そこで、まず戦術について説明しましょう。その後で戦略について説明すれば両者の性格がいっそう明確になります。
 戦術とは「目的を達成するための具体的な手段」です。将来事業計画の場合、戦術とは「企業が将来生産・販売すべき具体的な製品やサービスの具体的展開の方法」です。

(2)戦略とは何か
 戦術に対して、戦略とは、「具体的な戦術を探求・展開するための方向」です。
 将来事業計画の作成のさいに最初になすべきことは、「企業が将来進出すべき事業を決定する」ことです。具体的には、「企業が将来どのような製品やサービスを生産・販売するかを決定」しなくてはなりません。その際、合理的な決定をするための用具として「戦略」という概念を使うことがとても有効です。

 ある目的を達成するための具体的な手段(戦術)は無数と言えるほどあります。そこで、「戦略」という考えかたは、具体的な戦術を探すまえに、まず戦略(戦術を探求・展開すべき方向)を決定し、ついで決定された領域のなかで戦術を探求しようとするものです。

 「戦略」という考えかたの具体的なものとして、次に「製品市場戦略」をご説明いたします。

2. 製品市場戦略の検討

 企業が将来事業を探求しようとする際には、次の四つの探求領域があります。これらを製品市場戦略とよぶことができます。こうした製品市場戦略の考え方を盛り込んだ事業計画を作成することが重要です。
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(1)拡大戦略
 拡大戦略は、企業が現在生産し、「現在の特定の市場」に向けて販売している「製品を将来も継続」していこうという戦略です。この戦略では、生産設備の拡張の必要性が問題になり、具体的な戦術としては、どこへどの程度の規模の工場をつくるか、どのような設備を入れるかが問題になります。市場深耕型とも申せましょう。また、成熟した市場向けにこの戦略を取り続けることは、将来の発展性に自ら封印をするようなものです。

■拡大戦略の事例:自動車メーカーF社の栄光と挫折
 自動車産業がまさに成長期に差しかかった頃、自動車メーカーF社は拡大戦略の成功により我が世の春を謳歌していました。それは、ベルトコンベアーを用いた流れ作業により単一製品を大量生産し、低廉なコストと高品質を両立させるという生産技術上の革新(戦術)の素晴らしさが、さらに拡大戦略の成功を加速しました。また、いたずらに、モデルチェンジをせず量産効果を高め実質を追い求める企業姿勢は、自動車を一般大衆に解放するための重要なポイントでした。
 つまり、「現在の特定の市場」に向けて販売している「製品を将来も継続」していこうという戦略そのものと言えます。

 しかし、環境は常に変化していきます。「黒色の自動車であればどんな色のものでも製造いたします」この有名なキャッチフレーズも、市場が競争期に突入したときには、もはやF社の独善性を世に広める効果しか持っていませんでした。もはや市場は真っ黒でそっけないモデルT車に飽きあきしていたのです。
 その点に気づいたライバルのG社は、「現在対象としている市場」に対して、「新しい製品」を開発し販売していこうと考えました。「新しい製品」とは、ターゲットである一般大衆から「新しく」見えるものです。F社の高邁な理想主義からは例え陳腐に見えてもかまわないのです。これがいわゆるモデルチェンジ戦術です。(同時に次ぎに説明する市場開発戦略でもあります。)
 また、同時にターゲットである一般大衆の好みをかなえられる生産販売システムを作り上げたことも「新しい」サービスを付け加えた「新製品」を開発した事になります。

 その結果、自動車メーカーF社はライバルのG社にトップの座を明け渡す挫折を味わわなければなりませんでした。

(2)市場開発戦略
 市場開発戦略は、「現在の製品」と同種のものを、現在対象としている市場とは異なった「新しい市場」にむけて生産販売していこうという戦略です。この戦略のもとでは、戦術としては、具体的にどのような新市場を開発するかが問題になります。

(3)製品開発戦略
 製品開発戦略は、企業が「現在対象としている市場」に対して、「新しい製品」を開発して生産販売していこうとするものです。この場合の戦術の決定は、具体的にどのような新製品を開発するかということです。

(4)多角化戦略
 多角化戦略は「新市場」にむけて「新製品」を開発していこうという戦略です。

■多角化戦略の事例:宅急便サービス業Y社の事例
 あまりにも有名な成功物語ですが、多角化戦略の好例ですのであえてご紹介しましょう。従来Y社はデパート向け流通に強みをもつ運送業でした。しかし、成熟した市場に特有の価格競争や系列化に入ることによる値引きサービス要請が企業収益を圧迫し、将来的にも「利益なき繁忙」への道しか残されていないように見えました。

 そこで、Y社は「新市場」にむけて「新製品」を開発していこうと決意したのです。

「新市場」:短納期配送市場・小口配送市場・一般家庭市場(現在では宅急便市場と呼べる)
「新製品」:宅急便サービス(小口・短納期配送・ドアツードア配送・配送ミスを極力なくす物流情報システムなど)

 その結果、かつては存在しなかった宅急便という新しいサービス=「新製品」が世の中で市民権を得て、いまや宅急便無しに日本の社会活動は考えられないほどになっています。そして、Y社は次々と新製品を開発し現在でも宅急便市場のリーダーとしての地位を確固たるものとしています。

3. 大局的視野に立った計画の策定

 一般的に、大局的な物の見方で全体を視野のなかにとらえたうえで、進むべき方向を探求し決定するほうが、局部的な視野のなかで進むべき方向を探求し決定する場合よりも、より適切な決定ができます。
 企業が将来進出すべき事業分野を探求しようとする場合も同様です。最初から一つひとつの具体的な事業分野(将来事業戦術)を探求し検討しようとすると、局部的な視野におちいりやすいと思われます。ある具体的な事業分野が企業の将来事業として有望であるようにみえても、大局的視野にたって探求すればもっと望ましい事業分野が発見できるもしれません。しかしそれは、最初から個々の具体的な事業分野を検討していくならば、見逃されてしまう可能性が大きいでしょう。
 遠まわりであるようにみえても、最初に戦略(探求すべき事業領域)を決定し、その戦略にそって(その事業領域のなかで)具体的な戦術を探求するほうが、大局的・全体的視野にたちやすいのです。したがって最終的に、より有望な具体的事業分野を発見しやすいといえます。ですから、大局的視野に立った事業計画を策定することが重要なのです。

4. 製品市場戦略策定時の決定基準

 製品市場戦略の決定のさいに考慮しなければならない重要な選択基準として、シナジー効果基準と革新効果基準とがあります。それぞれについて簡単に説明しましょう。

(1)シナジー効果基準を考慮する
 シナジー効果とは、相互波及効果・結合関連効果といってもよいでしょう。
 ー般に、二つのものが独立に存在する場合と、それらが結合される場合とをくらべたとき、生じる効果に差があります。その差は両者が結合し相互に関連をもつことによって生じるものであり、これがシナジー効果とよばれます。
 一般的に、企業が将来事業として現行事業に「近い」ものを選択するほど、シナジー効果は大きくなります。現在の市場に新製品を導入しようとする製品開発戦略や現在の製品をもって新市陽に進出しようとする市場開発戦略のほうが、新製品によって新市場を開拓しようとする多角化戦略よりも、シナジー効果が大きいのです。
 製品市場戦略の一つの決定基準であるシナジー効果基準は、将来事業の決定のさいにシナジー効果を考慮せよというものです。

(2)革新効果基準を考慮する
 シナジー効果を重視する新事業開拓は、企業が将来の生存と成長のために事業構造(製品/市場構造)を漸進的に変革していこうとするものです。これにたいして、革新効果を重視する新事業開拓は、企業の将来の事業構造を急速に変革しようとするものです。
 ここでいう革新効果とは、企業のかなり遠い将来(10年先、20年先といった)の事業構造ーどのような製品/市場をもっているか-にたいして、大きな変革をもたらすような効果です。
 製品開発戦略や市場開発戦略よりも多角化戦略(製品/市場開発戦略)のほうが、このような意味での革新効果が大きいです。
 革新効果を重視する新事業開拓は、5年先の生存よりも、10年先、20年先のより長期の生存と成長をめざすものです。

■宅急便サービス業Y社の事例
 多角化戦略の事例として紹介したY社の事例は、同時に革新効果を重視した戦略の好例でもあります。

(3)シナジー効果か革新効果か
 シナジー効果と革新効果のいずれを重視すべきなのでしょうか。
 現在の事業領域にたいする社会の需要が10年先・20年先も持続して成長していくと予想できるなら、シナジー効果を重視して進出すべき新事業分野を決定することができます。もし将来についてのこの予想が正しいなら、企業は、シナジー効果を重視していても、10年先・20年先も生存を確保していくことができます。

 しかし、現在の事業領域が長期的には衰退傾向をたどると予測されるならば、シナジー効果を重視するよりも革新効果を重視して製品市場戦略を決定する必要がありましょう。

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