「人材育成ができないで困っている」という声を多く聞きます。そう言う方にこそ、この成功事例をご紹介します。確かにバブル崩壊以後の不景気やコストダウンは厳しいものでした。しかし「人材が付加価値を生む(人材が利益の源泉)」と考えて、創意工夫している事例があります。経営管理技術も大幅に進歩していますので、人材育成についても効果的・効率的に行なう方法がここにあります。

1. 上手なコンピテンシーの人材育成活用事例

(1)OJTのこれだけマニュアル

 この事例の情報システム会社でコンピテンシーを上手に活用して良い成果をあげているマネージャはA4一枚のコンピテンシー・シートを「OJTのこれだけマニュアル」として活用されています。たった、A4一枚でしかありませんが、その中に記述されているコンピテンシーは組織の知恵を選りすぐったものです。「コンピテンシー・シートを読めば自分がどういう行動パターンをとれば高業績につながるか解るんです。」「その組織の知恵を、評価時期にだけ使うのは勿体ないですよ。」と日常のOJTの際に活用されています。

(2)一つ上のコンピテンシー+仕事+フォロー=部下急成長

 そして、このマネージャの素晴らしいところはコンピテンシーをA4一枚のシートと捉えなかったところです。つまり、プログラマにはプログラマ用のA4一枚のシートで評価自体はすむのですが、育成を考えたときに「一つ上のコンピテンシーを視野に入れて指導育成する」のが効果的なのです。例えば、プログラマでも熟練度があがってくればSEのコンピテンシーの一部を示して、「こういう行動が常にとれるようになれば、君もSEに昇級する道が開けるんだよ」といって指導育成するのです。当然、その一つ上のコンピテンシーに見合った仕事を与え、フォローを欠かしません。部下の指導育成に関して、このように上手にコンピテンシーを活用するマネージャとそうでないマネージャの差は歴然としてきます。

■図3-41 情報システム会社の超優秀マネージャーの人材育成成功の秘訣
人材育成成功の秘訣は一つ上へ挑戦啓発

 最近は、成果“査定”主義が隆盛し、「人材育成など甘っちょろいこと言ってる時ではない。まず、成果をあげよ、必要なら自ら学べ。」という風潮が幅を効かせていますが、やはり企業は人なり、その人を育てずしてなんの事業発展があろうかとつくづく感じいった次第です。

2. コンピテンシーは「守」「破」「離」で使おう!

 「コンピテンシーこそ我が社の強みだと再確認しました。そこで、コンピテンシーをさらに強力に水平展開したいのですが、コンピテンシーをさらに行動発揮させるにはどうしたらよいでしょうか?」という宿題をこの情報システム会社からもらいました。

 そのことをずっと考えていたのですが、ある朝出張先のホテルのベットの上で夜明け頃に目覚めたとき、ふと閃いたのです。「部下の成熟度に合わせてコンピテンシーを活用すべきだ。」と気付いたのです。そして、「コンピテンシーは舶来の理論だけれども、日本には守・破・離という優れた考え方があるのだ、それを使おう。」と思い至ったのです。

 さらに、上述のコンピテンシーを上手に使われているマネージャとの意見交換を経て、一つ上のコンピテンシーを上手に使うというお知恵を拝借して出来たのが、これから説明するコンピテンシーを「守」「破」「離」で使おうという考え方です。

(1)部下の成熟度に合わせてコンピテンシーを上手に使う「守」「破」「離」

 部下の指導育成に関して最近のトレンドは、コンピテンシーにコーチング・カウンセリングとアメリカ流のカタカナばかりですが、日本にも素晴らしい知恵と伝統があります。「守」「破」「離」とは、茶道や剣道など習い事や修行の段階を示す言葉です。(「守」「破」「離」は、元はと言えば足利三代将軍義光の時代に、能を完成させたといわれる観阿彌、世阿彌親子によつて開かれた能の至芸に至る段階のことです。)コンピテンシーと「守」「破」「離」を組合わせることで和魂洋才の素晴らしい指導育成が可能になります。

■絵3-1
守破離のイメージ図

 「守」とは、師が演じる動作や流儀の「型」(コンピテンシーも型の一種です)を繰り返しなぞるようにして真似る段階です。「破」とはおぼえた「型」を破る段階。 そして、「離」は自分独自の「型」を創りあげていく段階を言います。これは、高業績者の行動パターン(コンピテンシー)の「型」を真似することから始めて、次にその「型」を破り、やがては独自の「型」を創りだす段階に至る成長プロセスと言い換えてもよいでしょう。

 そして、現代の我々はP・D・C・Aのマネジメントサイクルを回すことが、大きな成果につながることを知っています。(P・D・C・Aのサイクルを回すマネジメント概念は20世紀の大発明と言われています。)ですから、「守」「破」「離」の各段階でもP・D・C・Aのサイクルを回しましょう。

 コンピテンシーシートを活用して、「このコンピテンシーのように行動してみたらきっと良い結果が出ますよ。」と部下を指導育成する(評価する)ことは、コンピテンシーを「型」として活用しながらP・D・C・Aのサイクルを回すことに他なりません。

■図3-42 「守」「破」「離」+「コンピテンシー」
守・破・離+コンピテンシーのイメージ図

 コンピテンシーは従来どちらかというと、高業績につながる行動パターンとして「型」を真似て行動する意義が強調されてきました。つまり、「守」の段階です。しかし、コンピテンシーの活用法にも、「破」「離」の段階があります。この情報システム会社のコンピテンシーはナレッジマネジメント型のコンピテンシー・システムとして、「破」「離」の段階をも重視しています。

3.知創型コンピテンシー≒キャリアアップシステム≒自己実現システム

 この事例の情報システム会社のコンピテンシーの特徴は、知識創造型コンピテンシーで一種のナレッジマネジメントのシステムであることでした。

 さらに、この知創型コンピテンシーを上手に活用すると、部下をキャリアアップに導くシステムにもなり得ます。「このコンピテンシーが出来るようになれば、一つ上にキャリアアップできるんですよ。」とコンピテンシーを行動発揮することが、キャリアアップという部下にとってプラスの価値につながることを語ることで、コンピテンシーの行動発揮を促します。

 そして、コンピテンシーを上手に活用すれば、部下を自己実現に導くシステムとして機能するのです。だからこそ、この情報システム会社のコンピテンシーは部下の動機付けに役立ち活性化につながるのです。

■図3-43 知創型コンピテンシー≒キャリアアップシステム≒自己実現へ
コンピテンシーで自己実現支援するイメージ図

(1)「守」

 「守」の段階では、ティーチング中心の部下指導育成であり、コンピテンシーも「型」を学び真似するようにして行動に移すことが中心となります。

 そして、部下は行動することで多くを主体的に学び成長します。

(2)「破」

 「型」を学び終えれば、そろそろ自分自身の頭で考えながら行動する段階に差しかかります。「どうすべきか一緒に考えよう」「何をすべきか自分で考えなさい」といったコーチング型の部下指導育成が適するようになります。それは「破」の段階に入ったことを意味します。

 この段階では、より上位の「型」コンピテンシーを使って「こういう行動ができるようになれば、キャリアアップできますよ」と継続的な能力開発を促します。従来は、SEとしては一人前になっても、リーダーに任命されると当初はどう行動したらよいか解らないという状況もありえました。しかし、このようにSEの時からリーダーのコンピテンシーを少しづつ学んでいれば慌てることもありません。上位の役割は任命という形である日を境に「非連続的に」与えられますが、コンピテンシーを上手に活用することで上位の役割を遂行するための能力開発は継続的に行えます。

 「破」の段階では自分の頭で考えることが重視されますが、自らの頭で考える習慣がつけば「自律」した望ましい状態に達します。この情報システム会社では通常この段階からさらに上位の役割へ任命され、キャリアアップしてゆくケースが多いでしょう。

(3)「離」

 また、「離」の達人・名人の境地へと進むケースもありえます。これは高度専門職的なキャリアであり、この情報システム会社の場合は非常に少ないと考えられます。一つの役割、たとえばSEとして「離」の境地に達し名人になっていただくよりも、リーダー・プロジェクトマネージャへとキャリアアップしていただいて、プロジェクトチーム全体のパワーアップのために活躍していただきたいというのがこの情報システム会社のキャリア政策です。

4.コンピテンシーの行動発揮を促進する

 自らのキャリアを切り開いていこうと自覚した社員は強いです。また、人は自己実現に向うとき、最大のやる気を出すと言われています。そういった意味で、コンピテンシーの行動発揮への動機付けを引き出すノウハウです。

 大切な点は、これらが単なるマネジメントテクニックではなく、部下という一人の人間を尊重する気持から発している支援行動であることです。

(1)コンピテンシーでキャリアアップ支援

 読者の皆様もすでにお気付のように、コンピテンシーを査定の道具に使う場合と、人と組織の活性化ツールとして使う場合では大きな差があります。この情報システム会社の優秀なマネージャに教わったことを中心に、運用面での違いを見てみましょう。

■表3-6 コンピテンシー活用法の対比 

 

人材育成人と組織の活性化ツール

査定の道具

考え方

単なる評価の仕組ではなく、コンピテンシーを使って部下を育成し、組織の成果を高める。

部下のキャリアアップ支援は、個力を活かし強い組織を作るだけでなく、「部下の人生を応援する」という最大の活性化策となる。

コンピテンシーを使って、部下がどれだけ期待される行動を発揮したのか査定する。

公正な査定をすれば動機付けにつながる。

コンピテンシー行動発揮への動機付け

部下自身がキャリアを切り開く自覚を持ったときに大きな力が湧いて動機付けになり、それがコンピテンシー行動発揮すなわち「人材育成」につながる。

公正な査定をすれば動機付けにつながる。他人に適切に評価され、それを賃金や賞与などの処遇に反映すればやる気が出るはず。

視点

温かい指導育成、キャリアアップ支援の眼(部下の人生の支援者)

冷たい査定の眼(飴と鞭をあやつる者)

コンピテンシーの使い方

コンピテンシー・シートをA4一枚の「OJTこれだけマニュアル」として、日々の仕事の中で使う。

期末になって、部下を評価する時にコンピテンシー・シートを使って査定をする。

上位コンピテンシーの使い方

プログラマの部下にも、一つ上のSEのコンピテンシーに取り組むことを勧め、一つ上の仕事を与え、支援する。

プログラマの部下にはプログラマ用のコンピテンシーで査定する、それがルールだ。

部下の考え

コンピテンシーを平面ではなく、キャリアアップの3次元でとらえると、どのような行動ができるようになれば良いのかが具体的に見えてくる。

将来の展望が開け、それに向けて努力すればキャリアアップできると理解できる。

プログラマのコンピテンシーを使って査定されるのだから、そこに記載されている行動を発揮すれば処遇は向上すると解る。
(査定される意識が高まると怠業も始まる。近視眼的。)

部下の感情

うちのマネージャは私を「成長させよう」という暖かい眼で接してくれる。私の人生を応援してくれる気持が良く解る。しかも支援してくれるのでチャレンジしがいがある。

職場やチームに対してプラスの感情が芽生える。

うちのマネージャは私を「公正に査定しよう」という眼で接している。だからマネージャの前では気が抜けないから、常に緊張している。疲れますね……

職場は戦場だし、チームのメンバーには競争相手が沢山いる。

■図3-45 部下の職業人生支援の仕組みと上司による支援行動
部下の職業人生支援の仕組みイメージ図

(2)部下の自己実現を支援する

 自己実現とは、「自らの望む自分へと成長する」ことと言えます。その意味で、部下の自己実現は部下の心の中にしか無いのかも知れません。

 しかし、「自分自身の可能性を最大限に発揮する」こともまた自己実現の道です。そう考えたとき、あなたの部下が「自分はこの領域の仕事をしたい」と好みに執着し、「情報技術者としての技量を極めたい」と今のステージに固執するのは、部下自身の可能性を馴染み深い対象に限定する事でしかありません。

 リーダーとしてチーム活動の中心となり、プロジェクトマネージャとして経営者的視点からプロジェクトをマネジメントしてゆく醍醐味にも眼が向くように示唆する必要もあるでしょう。この様な場合には、「非指示的」なカウンセリング技法やコーチング技法を使うべきです。

 あなたの部下の中には「部下自身が未だ知らない大きな可能性」が眠っていることを気付かせてあげるのも、部下の自己実現を助ける重要なマネジメント行動ではないでしょうか。